神視点の世界

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学長の視点がどれだけ常に満月(神)なのか、日々の些細な会話の中でも本当に驚くことばかり。

 

満月の法則というのは、学長が過去の経験から編み出されたというものではなく、学長ご自身が満月の法則そのものなのだ。

 

それは過去のどんな音声を聞いても、ずっと一貫している。境目もなければ差別もなく、どんな人もどんな出来事も神視点で満月にしか見えない学長。

 

以前、愛媛県での講演会で車椅子の青年を見て、その姿が財産だと学長が青年に伝えられると、人生に絶望していたその青年が、

それ以来、本当に才能を発揮し大変活躍されたという有名な話がある。

 

不幸な境遇が学長には宝にしか見えないのだ。

 

また、数十年前の札幌刑務所での800人の受刑者を前にしての講演でも、音声だけ聞くと刑務所での講演だとは絶対に誰にもわからない。

 

 

学長が常にどれだけ神視点なのか、個人的に驚いたことのトップクラスの出来事といえば、6年ほど前の打ち合わせの時のこと。

 

八重洲に本部があった頃、事務所の近くの椿屋珈琲で打ち合わせをしていた時のことは今でも忘れられない。

 

人間の目には修羅場に見えていたことが、学長には全く違って見えていた。

 

椿屋珈琲での出来事
少し前の出来事だけど、これは相当驚いたことの一つだ。ある日、八重洲の事務所のビルの下にある椿屋珈琲で、学長(佐藤康行)と打ち合わせをしていた時のこと。椿屋珈琲の2階の奥の席で学長と打ち合わせをしていると、ある中高年のカップルが私達のすぐ斜め横の席に座った。2階には他には客がいなかった。間も無くすると、一人の女性が、そのカップルの後ろの席に座り、大きな声でブツブツ独り言をい

 

あの時は本当にビックリしたが、私達スタッフの話を聞いて学長も相当びっくりされていた。

 

学長の神視点が私達に不思議なように、学長には人間の視点が不思議なようだ。

 

まさにパラレルワールド。全く同じ場所にいても全く違う世界。常に学長にしか見えない世界がある。

 

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